子どもたちの作品 作文・感想文他

市原市小中感想文コンクール
入選

「ありがとう、ぼくのじいじ」

ぼくのじいじのくちぐせは、「ありがとう。」です。ぼくがおてつだいをしたり、「がんばってね。」と、いったりすると、いつも「ありがとう。」と、いいます。

ゆうたくんとおじいちゃんみたいに、ぼくもちいさいころからずっと、じいじといっしょです。 じいじとこうえんにいって、いつまでもあそんでいたり、ボールなげをしたりします。

なつになると、せみとりにもいきます。トランプ、しょうぎ、ご、かるた、みんなじいじがおしえてくれました。 じいじといっしょにあそぶのはとてもたのしいです。

ほいくえんにも、いつもじいじがおくってくれました。おかあさんのかえりがおそいとおむかえもじいじです。 いつもげんきなじいじだったのに、ぼくのじいじもおなかのびょうきになってしまいました。 そして、にゅういんしてしまいました。

はじめておみまいにいったとき、じいじはくちにとうめいのマスクみたいなものをつけていました。 グーグーとおとがして、じいじはとってもくるしそうでした。

かえるときには 「じいじがしんじゃう。」とおもってないてしまいました。じいじとわかれるとき、「あしたもくるから、がんばってね。」 というと、「ありがとう。」

といってくれました。それからぼくは、じいじがげんきになるように、まいにちおみまいにいきました。

ゆうたくんのおじいちゃんはなくなってしまったけれど、ぼくのじいじはたいいんして、すこしげんきになりました。 じいじのおなかがなおったら、こんどはぼくがいっぱいあそびにつれていってあげるからね。

「ありがとう、じいじ。」

K・Hくん 小1

第53回青少年読書感想文
千葉県コンクール 優秀賞

「世界に潜む真実を知る」

ジェシカ・ウィリアムズというジャーナリストが著した、「世界を見る目が変わる50の事実」。

このタイトルを見て、いわゆる戦争の悲惨さや環境問題などだけでなく、意外な驚きの事実が待っているような気がして、好奇心が疼いた。

まず私が衝撃を受けたのは、人権に関わる三つの事実である。一つめは、インドでは4400万人の児童が働かされていることだ。 自分と比べると、息も詰ま りそうになった。本来なら学校で学んでいるはずの子供たちが、毎日仕事に送り出されている。 それも家族の生活費を稼ぐ必要に迫られてのことだというから、 絶望的な貧しさが伺える。仕事の内容は、嫌な予感通り、危険で非人道的だった。

毎日12~14時間も働かされ、ちょっとした失敗でもすると日本では虐待と 言われることを普通にされる。その子達の未来は、どうなってしまうのだろうと思った。 教育を受けられず、健康も損なわれてしまう子供たちの未来 は・・・・・・。

二つめは、世界で戦う子供が30万人いるという事実だ。紛争地域で家族とはぐれてしまった貧しい子供たちは、軍に強制的に連れ去られ、地雷原で先を歩かされる。 更には、少年の逃げ道を断つため、家族や故郷の部落の虐殺を命じられるという。これには愕然とした。 気が狂いそうな現実がここにあった。

何故こん なにも卑劣で、非情なのだろう。大人の勝手な戦争で30万人もの子供時代が奪われることは、絶対にあってはならないのに。

そして三つめは、世界には今も2700万人の奴隷がいるという悲しい事実だ。 もちろん、国連は世界中で奴隷制を禁止している。しかし、皮肉なことに今日ほど奴隷が多い時代はほかになく、かつての奴隷よりもさらに非人間的な扱いを受けているという。 目をおおいたくなるほど恐ろしい現実だが、皆が喜んで買う 安すぎる商品の裏にはこの事実があるのかもしれないと考えた。

次に私の目を引きつけたのは、意外な二つの事実だ。一つめは、毎年10の言語が消滅していることだ。 それは、その民族の歴史や文化も失われてしまうとい うことである。

今世界では、約6000の言語が話されているが、その少なくとも半分は絶滅寸前で、動物より絶滅の危険が大きいという。 言葉が消えるなん て、一つの文明が失われてしまうほど大きな穴だと思えた。

二つめは、先進国の問題で、アメリカ人は、1時間に250万本のペットボトル、3ヶ月ごとに自国の航空機全てを造れるほどのアルミ缶を捨てている、という事実だ。

ペットボトルは、並べるとたった3週間で月に達してしまうそうだ。これでは地球がゴミの山になってしまう。解決策は、消費者が買い物や消費を減 らし、リサイクルを増やすことや、再生品を選ぶことだと思う。 環境に良いことをしたいという多くの人の思いを業界側も汲み取ってほしい。

我が家では、物を 買う際包装を断ったり、後でゴミになるようなものは極力買わず、自分で作ったりすることなど心掛けている。 50の事実を読んで、今まで私が考えてもみなかった驚くべき事実が次々と現れた。テレビや新聞だけではわからない世界の本当の姿を少し知れた気がする。

恐ろしかったり、狂っているとか、残酷な皮肉だと思ったりすることもあった。日本という先進国で暮らしているだけでは絶対にわからない途上国のひどさに驚き、今この時に同じように存在していることが信じられないような現状を知った。

先進国ならでは問題のひどさも、私の中で改めて浮き彫りになった。 これらの問題の原因は何なのかと自分に問うてみると、やはり私には先進国と途上国の格差が思い当たる。貧富の差を初めとする様々な不平等が生み出した問題は多いはずだ。

また、世界の問題が身近に感じられ、深く考えさせられた理由は、事実のほとんどが具体的な数字で表されているということもあるのだろう。 問題を抱えているのが例え遠い国だとしても、その現実が自分に関係のないことだと思わせないような語り口にもひきつけられた。 著者が本書の中でこう言った。「これらは事実だが、しかし変えられないわけではない。」・・・・・・その通りだ。容易なことは一つもないが、やらなけれ ば永遠に変わらない。

世界を変えようとするのは極めて難しい。しかし、この事実の一つひとつが、現に私の意識を変えた。それこそがきっと世界を変えるため に重要なことなのではないか。

まずは知ること、次に人々の意識を改めること、そしてその上でできることに取り組むことが大切なのだと思う。私はそう実行していきたい。人々の世界を見る目が変わり、この世界を変える力が動き出すことを信じて。

*「世界の見る目が変わる50の真実」  ジェシカ・ウィリアムズ 草思社

Y・Oさん 中2

千葉県教育研究会安房支会学校図書館部主催
読書感想文コンクール 特選

「センス・オブ・ワンダー」

自然にふれるよろこびは、驚きに満ちた生命の輝きのもとに身をおくすべての人が手に入れられるもの。 私が読んだのは、レイチェル・カールソン著「センス・オブ・ワンダー」。この本には、とてもひきつけられるものがあった。

私はレイチェル・カールソンと いう人のことをきいたことがあり、「沈黙の春」を読む前にこの「センス・オブ・ワンダー」を読みたいと思ったのだ。どんなことが書かれているのか、とても 期待した。

「センス・オブ・ワンダー」は、レイチェル・カールソン最後の書だ。レイチェルの姪の息子のロジャーと一緒に自然の中で探求し、経験したことがもとになっている。 そして、自然との共存という希望を幼い子どもたちの感性の中に期待している。けれど、決して理解させようとするのではなく、素直に受け入れら れるようなおだやかでいて説得力のある文なのだ。

「センス・オブ・ワンダー」=神秘さや不思議さに目を見はる感性。この感性は植えつけるものではなく元々あるものだと思う。では、自分にはセンス・オ ブ・ワンダーがあるのだろうか。 そう考えるとよくわからないが、私は自然が大好きだし、そのような感性をもっともちたいと思っている。でもやはり、日常的 なことに振りまわされている。特別なところではなく、すぐそばにもある自然の中に出ていきたい。

もしこれが、いままでに一度も見たことがなかったものだとしたら?
もしも、これを二度とふたたび見ることができないとしたら?

この言葉は私にとってかなり衝撃的だった。確かに、そう思ったら、目の前に見えるものは全くといっていいほど違うように見えるのかもしれない。 この本を読 んでいるとき、この部分をさあっと読み過ごしてしまう人はいるだろうし、ふと目をとめる人もいるかもしれない。この言葉には、本当に共感できるもの、そう だ、と頷けるものが、たくさんつまっていると思う。

美しい景色。月はゆっくりと湾のむこうにかたむいてゆき、海はいちめん銀色の炎に包まれました。その炎が、海岸の岩に埋まっている雲母のかけらを照らすと、無数のダイアモンドをちりばめたような光景があらわれました。一瞬の出来事。 すごく伝わってきて、こんな自然を見てみたいと思った。自然は少し見よう とすれば見つかるのに、仕事など人間的で、日常的で、また機械的なことに縛られている人が多いと思う。

地衣類について、私はとても興味を持った。地衣類とは菌類と藻類が一体となっているトナカイゴケなどの植物のこと。石の上に銀色の輪を描いたり、小さな模様をつくったり、まるで魔法のような世界をつくりあげる。 それを見たら、自分の足元にはこんな世界が広がっていたのか。

こんなに素晴らしい光景がすぐそばにあったのか、と思うのだろう。レイチェルの言葉に引きつけられて、私も見てみたいと強く思った。 ごく小さなものたちの世界。私は地衣類のところを読んだときと似たような感覚でここを読んだ。自然の一番繊細な仕事は小さなものの中にあり、目をこらせば新しい世界がひらけてくるのだと思う。

思いがけない美しさや複雑なつくりも見つかる。そのようなことは実際に体験してみないとわからないと思う。でも、 そこはレイチェル・カールソンのすごいところ。自分も本当に美しさや楽しさを共有しているような感じに囚われる。 レイチェルがロジャーを自然へといざない探検した、ありきたりではない遊び方のように、とても小さく何も知らない純粋な頃から自然の神秘を感じられたらどんなにいいだろう。

しかもそれが、何かを教えるためではなく一緒に楽しむため、というのがまたいいと思う。自然は視覚、聴覚、嗅覚、いろいろな感覚を使 うことでより豊かに感じられる。

そして自然界を探検することは、将来的にも深い意味があり、記憶としては薄れてしまっても必ず何かの形で残ると思う。 たとえ生活の中で嫌気がさしたとしても、そのとき感じ取った美しさや神秘というものがあればいろいろな視点で物事を見つめることができるし、その人を支えることにもなるだろう。

そして何より生命力があふれ、生き生きとした感性豊かな人になれると思う。

そして自然には、まだまだたくさんの輝きがある。自然や生命は強く、それでいて繊細だ。ミクロの信じられないような細やかな世界。ふと見たときに感じる美しさ。 どうしたらこんな色が、形が・・・と思ってしまうような神秘的な自然。それは、いつでもそこにあり、私たちが目を向けさえすれば新しい世界を見せてくれるのだろう。

私も身近なところから新鮮な気持ちで感動したり、いろいろなことを感じたい。私の中のセンス・オブ・ワンダーをもっともっとふくらませ るために。

Y・Oさん 中1
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