Vol.10 経営者として~
何度かこのコラムでも触れてきたその当時いちばんの頭痛の種だったテナントの問題は、状況がどんどん悪くなっていきました。
夜、不良たちがそのアーケードをたまり場として集まっていたのですが、寒くなるにしたがって火を燃すようになり、朝出勤すると外壁が焦げていたりして、危険を感じました。そして、彼らの集まる時間が次第に早くなり、時には夕方から来たりするようになりました。うちも含めて、お店がまだ営業している時間帯から不良たちがアーケード内にたむろするようになりつつあったのです。そして、不良とアーケード内の電気屋さんの女性が言い争いになったとか不穏な話が聞こえてくるようになったのです。
私は内心、心配でたまりませんでした。万が一不良達がうちの生徒さんに怪我でもさせたら取り返しがつかないと・・・
その上、悪いことにアーケード内にあったトイレが、頻繁に詰まるようになりました。
そして、ある朝・・・・ 出勤すると、トイレから水が溢れ出しトイレの隣にあった教室の前まで汚泥の水浸し・・・その中をウンチがプカプカ浮いていたのです。
これを見た瞬間、どんなことがあっても、どんなに無理をしても、ここを一刻も早く出ようと決心しました。
今考えると、そしてきっとこれを読んでいる皆さんも、どうしてもっと早くそんな所を出て、もっと良い場所を探さなかったのかと思われることでしょう。 当時、自分のお給料さえ取れない状況で、生徒が増えていくという展望も持てない中、どう考えても移動すればそこよりかなり家賃が上がる訳で、それで本当にやっていけるか、決心がつかないでいたのです。
開校してから今まで、このような葛藤は常に起きています。先のことは何の保証もない訳ですから、お金をかけてやろうとしていることが、たとえみんな(生徒さん、ご父兄、スタッフ、私自身)に喜ばれることであっても、その出費が経営を圧迫し、教室そのものを潰してしまっては、元も子もありません。逆にたくさんの人に迷惑をかけてしまいます。 先のことが見えない中での決断を常に迫られ、ずぶの素人だった私は、いつも迷い、悩み、苦しくなりました。
七田教育に惚れ込み、この教育をやりたくて始めたことなのに、気がつけばスタートした時から経営者として、リスクを背負いながら決断するという仕事が付きまといました。 私の中では、「なんか話が違う!!私は、ただ七田教育をやりたいだけなのに!」という割り切れない思いが心のどこかにありました。
それでも次第に教室が発展し、たくさんの生徒さんが来てくださるようになったのは、運が良かったことや時流に乗ったことも勿論ですが、私がその役割から逃げずに、その役割を受け入れ、精一杯やっていこうと覚悟を決めたからだと思っています。
そんな風に覚悟を決めたのは、もっとずっと後のことですが、そう決めた時からはっきりと、教室の成長速度が変わっていったのです。
人にはそれぞれ立場や持ち場があります。それが不本意な場合もあるでしょう。けれども、それをまずはともかく精一杯やってその場所での学びをしていかなければ、次のステップへは進めなくなっているのだと思います。
だから!!子供たちに言うのです!「頭から嫌だとか出来ないとか言わないで、まず一生懸命やってごらん。一生懸命やって初めて見える世界がある、面白さがある!!」って。
このようにして、次の教室探しが本格的にはじまりました。 ≪つづく≫