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Vol.8 娘との苦難の道

 開校して半年、1年と経つうちに、私の中では、当時いたテナントがどうにも苦痛になってきていました。 
夏になるとテナントの共同トイレから、プ~ンと臭ってくる、そのトイレがしょっちゅう詰まって水が溢れる、廃墟同然のテナントには、暗くなってくると不良のたまり場となっていて、夜彼らが食い散らかした食べ物のごみが、朝散乱していて掃除するのが大変でした。冬になると暖を取るために彼らがテナント内で火を燃やした焼け跡があり、壁についたすすを見て危険を感じました。

私にはどうしても忘れられない記憶があります。夢中になって仕事をしていたら、気がつくと夜の11時くらいになっていました。ハッとして、傍でずうっと待っていた娘にとてもすまない思いで一杯になりました。君津教室物語Vol.8.JPG
娘はまだ4歳くらいだったと思います。慌てて教室を出るとそこには、不良(?)たちがずらりと揃っていて、アーケードの1番奥にある教室のテナントから出口まで彼らの乗ってきたバイクが通路の両脇に彼らとともに並んでいました。私はその真ん中を小さな娘の手を引いて歩いて行かなければなりませんでした。 恐怖と惨めさと悲しさ、そして自分を責める気持ちで一杯でした。

仕事を持っているお母さんなら誰もが、仕事と子供の狭間で、迷い、悩み、時に自分を責めたり後悔したりする時があると思います。私は、ひとつのことに夢中になると他のことが見えなくなってしまうタイプですし、娘は一人っ子なので余計に寂しい思いをさせたと思います。
娘に何度も教室を止めて欲しいと懇願されましたし、私が教室を止めようと思った時、「お願いだから、止めないで。」と言ってくれるのも娘でした。娘の教室への想いは、なかなか複雑なもののようでした。私が、開校してから、教室へ全身全霊を傾けてきた分、娘は、待つことと我慢することが大変上手な子になり、よく一人っ子には見えないねって言われました。
当時の私は、月に1回は、小さな娘の胸で「ママ、もう教室止めたいよー―!」と泣きじゃくったものでした。すると娘は、私の頭を小さな手で優しく撫ぜてくれながら、「ママ、泣かないで。大丈夫だから。きっとうまくいくから。」と私を優しく慰めてくれるのです。今、考えても娘は幼いなりに私の大変さを感じ取り何かと気を遣ってくれていました。 
そんな娘も18になろうとしています。私が娘と主人と神様に感謝したいのは、そんな風に育てた娘ですが、小さい頃から今までずっと毎日がとても楽しそうで、明るくイキイキしていて、生きているのが嬉しくてたまらない、そんな様子の子に育ったことです。 
教室をはじめるまでは、かなり完璧な母親を目指して、頑張っていました。ところが、教室を開校してからは、娘のことは本当に後回しになってしまいました。それでも、娘に七田教育をしてきたことは、本当に良かったと思っています。手前味噌で恐縮なのですが、娘のEQの高さ、発想力の豊かさや記憶力の良さは、七田教育のお蔭だと思うからです。私自身の学生の頃と比べると、勉強面ではあまりにも努力をしない娘にため息をついてきましたが、少しの努力ですぐにグンと結果をだすのは、やはり幼い頃の七田教育の賜物と思います。

これから先、娘が自分の人生において本当の勝負をする時、きっと真剣に努力し、七田で培った能力を使い役立ててくれると信じています。そして、その信頼は、そのまま教室の子供たちに持っているものです。 将来子供たちが自分の夢やビジョンを実現していくとき、七田のこの右脳教育 ―直観力、イメージ力、創造力、感性-- はきっと大きな力となって発揮されていくと信じています          ≪つづく≫



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