Vol.3 一生の仕事を持つ夢
本などを参考に、教材を購入したり、自分で作ったりして取り組みを進めていくと、どうしても今ひとつやり方に疑問が出てきます。 本当にこのやり方でいいのだろうか?あるいは、どういう風にすればいいのか全然分からない!など。
例えば、フラッシュカードは、1枚1秒の速さって書いてあったけど、この位でいいのかな?もっと速い方がいいのかな?とか、アイトレーニングの視幅拡大の教材は、一体どういう風にやるの???とか。
そのような気持ちが高まって、いつしか近くに教室があるのなら、行ってみたいと思うようになりました。
ところが、その当時、一番近い教室で、稲毛まで行かなくてはありませんでした。当時の私は、大変体が弱く(出産後、体調がなかなか戻らず、体力がかなり落ちていた。)、稲毛どころか千葉でさえもめったに出かけることはなく、出ると気分が悪くなって帰ってくる、風邪を貰って寝込んでしまうなどの有様でした。ですから、当時の私にとっては、稲毛に通うなど全く不可能なことでした。
しかし、その一方で、七田教育に、かなり惚れ込んでいました。 これからの時代には、こういう教育こそ必要になるのではないか。それは、単なる知識の先取りや詰め込みをするのではなく、能力の器そのものを広げる教育、子どもの心を育て観ていく教育。右脳というこれまで私たちが放っておいた脳への働きかけ、その計り知れない可能性・・・
この辺に教室がないのなら、それを私がやることができたらどんなにいいだろう!!漠然と、そんな風に考え始めていました。
もともと、私は、かなり幼い頃から、大人になったら女性でも男性のように仕事を持って、社会に出て活躍していたいという夢がありました。 その時々で、なりたい職業は変わるのですが、一生仕事をしたいという気持ちだけは、変わりませんでした。
どうしてそんな風に思うようになったのか、自分でも分かりません。母は、ずうっと専業主婦だったし、姉や妹は同じ姉妹でも、結婚して良いお嫁さんになるのを夢見ているタイプでした。
私は、ずうっと仕事をしたいという気持ちを捨てきれず、結婚した当時、主人と同じ会社でOLとして働いていましたが、女性が長くいるとだんだん居ずらくなる、出産退職を余儀なくされるなど考えて、資格を取ろうと決心しました。結婚して5年目くらいのことです。
とても分厚い女性のための資格取得本を本屋さんで立ち読みし、私の能力で実現可能で、しかも将来性があり、ずうっと続けられる仕事を探しました。その結果、歯科衛生士にチャレンジしようと思ったのです。
これは、最大の理由は、幕張に県立衛生短大歯科衛生学科があり、ここなら、自宅から通えると思ったからです。それに医療系は、学費がメチャクチャ高いのですが、公立なら、驚くほど安いですし、就職のときも有利だと思ったのでした。

もう時効だと思うので白状しますが、その当時、仕事を任されていて、私を監視する上司がいなかったことをいいことに、打ち合わせのふりをしては、トイレに行って受験勉強ばかりしていました。ごめんなさーい!!
その甲斐あってか、無事合格し、2年間短大に通い資格を取って就職し、2年間働いて、妊娠しました。そうなんです。いずれ私は、歯科衛生士として、復帰する予定だったのです
いまだに、私の親族や友達に言われます。「あれだけ苦労して取った資格を捨てて、よく教室開くなんて、ご主人に言えたよねー!」 トホホ・・・ <つづく>